明日天気になあれ

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先人からの教訓

2016/03/13(Sun) 19:40
末の松山には先人の教訓が記されています。
古い歴史を持つ多賀城市。城下町八幡はJR仙石線多賀城駅北西に位置し、海岸から2Kmほど内陸にあります。
東日本大震災では八幡周辺は1.5mほど浸水しました。
しかし小高い丘にある「末の松山」は浸水を免れました。

 古今和歌集
  君をおきて あだし心を わがもたば すゑの松山 浪もこえなむ

  あなたを差しおいて、他の人に心を移すようなことがもしあったとしたら、
  波を越えるはずがないと言われている末の松山をさえ、波が越えてしまうでしょう。

約1300年前の724年。大和朝廷は陸奧国の政治と軍事の拠点として現在の多賀城市に国府を設置しました。
11世紀の衰退するまで東北地方の中心的な役割を果たしてきました。
多賀城には、坂上田村麻呂や万葉歌人、大伴家持らも派遣されてきました。

歌が詠まれる前の869年(貞観11年)、陸奧国で大地震が発生し多賀城国府は大津波の被害を受けました。
東日本大震災後「千年に一度の規模の地震」として語られるようになった貞観地震です。
まちが流されるほどの津波が来たのに、小山は無事でした。
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