明日天気になあれ

バラ、オールドローズの魅力に惹かれ、釣り、自分でつくった毛ばりでヤマメと遊ぶ。 子供の頃、農作業の手伝いが大嫌いだった。今は汗をかくことに幸せを感じる。

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Ark

Author:Ark
宮城県南より季節をお届けします。

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北海道新幹線開業2日目

ブログのネタはやっぱりこれしかありませんね。
東京発下り はやぶさ1号を写してみました。

仙台から新函館北斗まで、最速2時間30分。
イカ刺し食いに来くぞ~って日帰りできるね。
高校の修学旅行で見た100万ドルの夜景、函館山が近くなるね。

53.85km 青函トンネルが本州と北海道がつながり、我々のどんな夢を運んでくれるのでしょうか。

盛岡までは秋田行きのこまち号が連結します。
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comments(0)|trackback(-)|季節を感じる 春|2016-03-27_17:08|page top

また会おう、カシオペア

札幌発上野行き、最後のラストランです。

思う場所に朝3時半到着。
釣りだったら真夜中の行動は当たり前だけど、まさかカシオペアのために・・・それだけ夢中にさせてくれました。
北の方には雲があるが問題はなさそうだ。暁の中をカシオペアが通過する。期待できそうだ。
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結果はご覧の通り、思いの写真を撮ることはできませんでした。
にわか鉄撮りは経験不足ですね。
JR東日本ではカシオペアを北海道への団体ツアー用として復活させたいとしていることから、その時はリベンジのチャンスかな。
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心の中で、3枚の写真を重ね合わせ、
                     さようなら、カシオペア。

comments(0)|trackback(-)|季節を感じる 春|2016-03-21_17:01|page top

良い面構え

カシオペアネタ、御免。
仙台駅発20時59分、カシオペアが札幌へ出発です。
3月11日撮影です。先日よりもマニアが大分増えました。
駅員さんは上り列車来ることから必死に興奮を抑えていました。気持ちはわかるけれど”大人の行動”お願いします。
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comments(2)|trackback(-)|季節を感じる 春|2016-03-19_00:04|page top

シルバーボディーのカッコいいやつ

断っておきます、鉄撮りではありません。にわか鉄撮りです。
自宅からすぐの東北本線を寝台特急が走ることに親近感を持ち、北海道新幹線に世代交代することに歴史を感じます。
3月20日(日)がラストランです。

 暗闇の中を轟音と共に走る。
 遮断機が共鳴する。
 乗客の語らいが見える。
 思いっきり手を振っても見えやしないけれど、夢中にさせてくれて、ありがとう。

今回の写真は、3月8日仙台駅にて撮影しました。
回送列車の後、寝台特急カシオペアが旅立ちます。北斗星のラストランの大混雑で思いの写真を撮れなかった反省の上で早めに雄姿を納めました。
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comments(0)|trackback(-)|季節を感じる 春|2016-03-18_21:20|page top

迫る ラストラン

シルバーボディーのごっつい機関車が長く連なる客車を力強く引っ張っていく。
その轟音がたまりません。

3月20日、上り、札幌発がラストラン。代わって3月26日北海道新幹線が開業します。
新旧交代は世の常ではあるけれど、本州と北海道が身近になることは間違いないですね。
                                                                           3月13日(日)撮影 大河原
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comments(2)|trackback(-)|季節を感じる 春|2016-03-16_00:16|page top

先人からの教訓

末の松山には先人の教訓が記されています。
古い歴史を持つ多賀城市。城下町八幡はJR仙石線多賀城駅北西に位置し、海岸から2Kmほど内陸にあります。
東日本大震災では八幡周辺は1.5mほど浸水しました。
しかし小高い丘にある「末の松山」は浸水を免れました。

 古今和歌集
  君をおきて あだし心を わがもたば すゑの松山 浪もこえなむ

  あなたを差しおいて、他の人に心を移すようなことがもしあったとしたら、
  波を越えるはずがないと言われている末の松山をさえ、波が越えてしまうでしょう。

約1300年前の724年。大和朝廷は陸奧国の政治と軍事の拠点として現在の多賀城市に国府を設置しました。
11世紀の衰退するまで東北地方の中心的な役割を果たしてきました。
多賀城には、坂上田村麻呂や万葉歌人、大伴家持らも派遣されてきました。

歌が詠まれる前の869年(貞観11年)、陸奧国で大地震が発生し多賀城国府は大津波の被害を受けました。
東日本大震災後「千年に一度の規模の地震」として語られるようになった貞観地震です。
まちが流されるほどの津波が来たのに、小山は無事でした。
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comments(0)|trackback(-)|がんばろう!東北|2016-03-13_19:40|page top

東日本大震災あれから5年

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3月11日を迎える。
奇しくも金曜日。あの日は巨大地震直後、冷静な判断ができず仕事が出来る状態ではなかった。
ぼた雪が降るなか自宅へ急ぐしかなかった。

今週はTV等で特集が組まれるだろう。追悼の式典や被災者や被災地の現状など。そして生々しい津波映像。
身内のことで破壊された住宅地を否応なしに通過することになったが、当時を思い出すと涙がこみ上げる。
後世に記録として残さねばと言う思いで写真を撮ったものの、被災者の方々には申し訳なく、当時の写真を見ることができない。
吉田浜 黒松の植林

comments(0)|trackback(-)|がんばろう!東北|2016-03-06_19:30|page top